予感 http://kaname-onoyama.com/blog3/ ja 2010-03-12T06:31:44+01:00 [動画]照明中 http://kaname-onoyama.com/blog3/archives/000988.html 絶賛照明中... kaname 2010-03-12T06:31:44+01:00 813:ギャラ http://kaname-onoyama.com/blog3/archives/000987.html 友人の代打で入る、接着剤の広告映像撮影。初めて、撮影監督らしいギャラが出た。ガクッと少なかったらどうしようと思ってたけど、だいたい思ってたくらいの数字。 何でこんな事を書くかというと、サラリーマンじゃない僕らにとって自分の価値の目安は、何とかディレクターとか課長とか肩書きというよりは、どうしてもギャラの額になってしまうからだ。 学生時代もその後も、食費手当だけでタダ働きしてきて、助手として一本立ちして、それでやっとこさ家賃が払えてご飯が食えるようになった。そして今年は、助手のキャリアが完全に成り立たぬまま、撮影組のトップである撮影監督の仕事が増えてきた。助手と違って、撮影監督のギャラは人によって大きく異なり、まさに、自分の価値は自分で決めなければならない。自分に一日何ユーロぶんの価値があるのか。 自分の実力にある程度の価値付けをして、プロダクション側から提示された額がぴったり一致した今日は、ある意味で、自分がプロになった日と言えるのかもしれない。といってもちっぽけな額だが、長かったぞ辛かったぞと思うと嬉しい。そして、今日1回やったからといって次があるとは分からない、厳しい世界。 今の自分に出来る事は、とりあえずこの仕事をうまくやってのけること。本当の一流は、お客さんを魅了するためにわざと華麗な演技をしたりするらしいが、僕の場合は、難しい球でも難なく処理してしまうことが出来れば合格点といえるだろう。いつも通り撮影に入って、ちゃっちゃか照明を組んで、カメラを立てて、その前で人をくるくる踊らせて、雇い主とクライアントが喜んでくれたらそれでいい。じゃまた次もお願いね、というのは、結局そういうのが出来るか次第なのだ。 不安だけど、楽しみでもあり。野球をしていたときの「試合」みたいな、緊張感に満ちた舞台がある限り、毎日は充実し続けてくれるだろうなと思う。そのためには、自分の価値を高めるために、質のいい仕事をとっていけるようにならなければならないし、質のいい仕事は時に、大きな責任をともなう。だから僕は、ギャラの話をしつこくしつこくするのである。お金の向こうにある、お金なんかよりももっともっと楽しいことのために、ギャラという数字と戦っているのである。... 一般 kaname 2010-03-06T19:57:04+01:00 812:不況のケーキ http://kaname-onoyama.com/blog3/archives/000986.html 確かに、不況を感じることは多い。特に映画の現場では、給料の50%カットという例も珍しくない上、10年以上問題なく仕事を続けて来た人たちが、急に半年も仕事がこないという事態も多発している。業界の再編成に紛れて転職を決めかねている知り合いも多い。日々のパン屑を拾い集めて食いつなぐ毎日でも、まだ安定した生活を得た経験がない僕はどうにかなるが、昔から働いている人たちには相当な打撃だと思う。 だが、不思議だなと思うのだ。映画館がいつも満員御礼であることについて。 世界経済危機と反比例して、映画の観客動員数は右肩上がりに成長している。3Dなど、かつて失敗した事業すら復古して、ずいぶん賑やかな印象だ。 確かに大きな会社が潰れたりしているが、裏で別の会社同士がつながって違う会社を作っているという例が映画界には見受けられる。もしかしたら、「不況」という厭らしいビジネスモデルが裏にあって、僕らはそれの恰好の餌食なんじゃないだろうか。 なぜ僕らは子供のころから、ケーキがあれば均等に分けるよう教わったのだろう。現実はあまりにも違いすぎる。不況の警句踊る中、ケーキ配分比はどんどん偏って、手元に回ってくる大きさはいつかナイフの薄さを越えてしまって。辛いのは、このケーキに最初にナイフを入れる人の取り分が、不況前後でも決して小さくなっていないのではという疑心。... kaname 2010-03-05T10:52:04+01:00 811:日本温 http://kaname-onoyama.com/blog3/archives/000985.html 日本の人と仕事するときの、なんだろうこの温かさみたいなの。フランスだと、仕事あがりは即携帯電話で外界を遮断して家路一直線だけど、日本スタッフと仕事した後は、何か飲みに行きましょうよ、終電なんていいですから、という気分になる。自分の育った場所や、彼らの世界観というのが、説明なしに伝わってしまうところが、何だかとっても素敵なことに思える。 パリ・ファッション業界で大活躍中の某日本人ヘアーさんのドキュメンタリーで、僕が現地カメラで入った他にも、メイクやヘアーのアシスタントにはパリ日本人つながりの知り合いがいたし、ショーの照明をしていた人の中には、映画の現場で知り合ったフランス人がいた。狭い世界だなぁと思うし、同時に、この狭い中に、だんだん居場所が出来てきたのかなと思う。 放送は西日本限定の番組だけど、きっと素敵なものになると思う。このヘアーさんというのが、人格といい、プロフェッショナリズムといい、タダ者ではないオーラが溢れていて、ファッションのことは何も分からない僕ですら、この人は本物だなぁと確信させられた。一目で分かる、という語感がぴったり当てはまる、珍しい人だ。仕事以外の何かも感じさせられる、ここにもいた魂の人。 僕はただ、「頑張っている日本人」を撮った日本人。まだ、「頑張っている」というような成果は出ていないが、今蒔いている種子の全てが、一日も早く芽を出せばいいなと思って。 ありがたいことに、仕事がたくさん来ている。今年も、春が仕事を連れてきた。目の前のことを、ちゃんとやるだけ。この充実感が頼みの綱。道しるべは予感や匂い。手探りのエイサー。素潜りのホイサー。... 一般 kaname 2010-03-03T11:42:25+01:00 810:しながら飽和状態 http://kaname-onoyama.com/blog3/archives/000984.html いろんなことをいっぺんにやらなきゃいけないというのは、これはもう一生そうなんだろうなぁ。 社会に未だ自分の居場所を築いていないから明日いなくなっても誰も困らない、そんな自分ですらというか、そんな自分だからというか、とにかく、やらんといかんことが手の数より多いもんだから、おおわらわ。 ステーキを焼きながら、みそ汁をすすりながら、納豆をこねながら、牛乳を飲みながら、煮物をしながら、オーブンで何か焼きながら、米を炊きながら、一体それを誰かが食うのか考えもせず、この「しながら飽和状態」をそうだ、生きるということかもせん、と納得して、おおわらわ。 今日も平和に生き伸びた。 日は日に長く。... 一般 kaname 2010-02-25T18:32:18+01:00 [雑記]白飯 http://kaname-onoyama.com/blog3/archives/000983.html また日本のテレビの仕事がきた。 1日撮影。本局のカメラが撮りきれないものを撮る、というような補助カメラ。 声がかかるだけでも、非常にありがたく。 カメラ回って、白飯温まる。 現場には日本人がいるわけでもないのに、shu uemura 関連の仕事だから、という訳の分からない理由で、フランスの仕事がきたり。 カメラ回って、白飯温まる。 友人、といっても日本なら先輩と呼べる人が、家庭の都合により一時帰省。 その間、彼の代理で仕事を任された。 「ジョニーデップの仕事だったのにー」 と言いながら、その仕事は別の人に言ったみたいだけど、僕に回してくれたのは接着剤の広告映像。 スタジオに家のセットを組んで撮る、低予算の中では大掛かりな撮影で、僕は director of photography。 セットに組む照明を全部計算する仕事だ。 きたきたきた。 最近助手の仕事が多かったのに、急にチーフ仕事がてんこもり。 カメラ回って、白飯温まる。... 一般 kaname 2010-02-20T10:37:20+01:00 809:平和の祭典 http://kaname-onoyama.com/blog3/archives/000982.html 先日の、スノーボードの一件が気になって仕方がない。 【某新聞の引用】バンクーバー五輪日本代表選手団の橋本聖子団長と、渡航時の服装の乱れが問題となった、スノーボード男子ハーフパイプ代表の国母和宏選手(東海大)が12日、バンクーバー市内で会見し、改めて謝罪した。国母選手は10日の入村式に続き開会式参加も自粛。17日の競技には出場する。 国母選手は会見で「ご心配、ご迷惑をおかけしすみませんでした」と謝罪。「いい滑りができるように頑張ります」と話した。橋本団長は「結果を出すことでおわびすることが大事」とし、17日の競技を視察する。 高校時代、クリーム色のシャツを校則違反とその場で脱がされ、捨てられたことを思い出した。この国母選手の格好をみても、それを格好がいいと思うかどうかは別として、異端の翻す悪しき反旗のようなおどおどしさは感じられない。ボブ・マーリーのベストアルバムを2枚ほど持っている、粋がった中学生の個人的なファッション程度の問題で、それが社会に異常をきたす影響力を持つとは、到底思えないのである。お国の恥という概念が作用しているのだろうが、国母選手があの格好でオリンピックに参加したことを日本国の退廃とみる海外メディアはないだろうし、あったとすれば、野次馬根性で覗いてみた人の輪の内側に、ちょっと奇抜なポルノ雑誌の切り抜きが落ちていただけだったというような、問題の本質と騒ぎの大きさとのズレのほうに注目が集まるだろう。服装の乱れを極端に異端視し、公的な謝罪を求めることを当然とする全体主義。この道徳観を、メディアは見抜き、商売道具にしている。きっと日本では、例のごとく連日この場面が放送されていたに違いない。それも、お昼から夕方にかけて。獲物がいない場所に向けられる銃口なんて、聞いたことがない。 安部公房はこんなことを言っている。 オリンピックで日の丸の旗が揚がって不快感を感じる人いますか。やっぱり愉快な気持ちがするんじゃない?/国家は、我々の中に非常に原始的なものとして眠っているそれを利用している。/我々の中に眠っているあるものに訴えかける組織力を国家というものは準備している。—安部公房『核時代の方舟』 オリンピック嫌いだった安部公房らしい、鋭い指摘だ。かく言う僕も、日本人選手の世界舞台での活躍に一喜一憂する愚民の一人である。オリンピック以外にも、例えばWBCでのイチローの活躍と、それを血眼で追う自分。そこには、自分も日本人であるという「誇り」が密接に関係しているのは否定できない。特に僕のような、海外で日本人としての外国人生活が長い人間には。ここでの問題はこの、「誇り」の部分である。オリンピックのメダルと、それを取り巻く選手の物語に、どうしてこんな涙腺刺激作用があるのか。そこにはきっと、危険な何かが潜んでいる。 オリンピックが平和を望む祭典なら、国家間のメダル数で競うのではなく、純粋な肉体の競争であるべきだと思う。応援すべきは選手であり、日本国家ではない。お国のはちまき締めて戦うのは悪趣味ではなかろうか。歴史に学ぶことがあるはずなのだ。 韓国の巨匠、ボン・ジュノ監督の傑作『殺人の追憶』の最後の場面で、連続強姦殺人事件の真犯人の顔を見た田舎の少年は、「どんな顔だった?」という元刑事の質問に対し、こんな風に応える。 「普通だった」 「普通?」 「普通の顔の人だったよ」 悪が悪役の顔をしているのは、水戸黄門レベルのファンタジーである。本当の悪は、日常の中の普通、連続する日常感の中に流れる普通感の中にある。果たしてオリンピックの一件で浮き彫りになった悪は、メディアのシナリオ通り、国母選手の服装の乱れだったのだろうか? よくも「平和の祭典」などと大きな看板を掲げられたものだ。それに人生をかけている純粋で勇猛なアスリートたちに対する、大いなる侮辱である。... 一般 kaname 2010-02-18T12:38:22+01:00 [雑記]家鍋図 http://kaname-onoyama.com/blog3/archives/000981.html 新居にて、計14人で鍋の図。 鍋登場。鳩のように鍋に群がる! おいしー!... kaname 2010-02-15T21:07:05+01:00 808:となりの http://kaname-onoyama.com/blog3/archives/000980.html フランスでもトトロは有名。 仏題『モン・ヴォワザン・トトロ』は多くの人が知っている。 「私のご近所さん、トトロ」という意味である。 ちょっと通な人になれば、邦題が『Tonari no Totoro』であることも知っている。 最近、ある友人と話していると、家がすぐご近所であることが発覚した。 彼が叫んだ。 「トナリ・ノ・カナメ」!! ということで、となりの要。 なんかかわいい。... kaname 2010-02-14T10:13:27+01:00 807:膝裏 http://kaname-onoyama.com/blog3/archives/000979.html 人とご飯食べて、帰り際甘いものが食べたくなって、アメリカ舶来の緑のあのカフェに寄った。 なんか膝が窮屈だなと思って触ったら、膝裏のところに何か入っている。 何だろうと思って裾から手を入れたら、なんと前日にズボンごと脱ぎ散らかしたトランクスが残留していた。 ぴったりしたズボンだったから、丸半日動く事なく、全然気付かなかった。 ちょっとボーッとしすぎかしらん。 友人とご飯を食べる約束をしたら、その彼氏で、映画界で活躍されているプロデューサーも来ることになった。久しぶりの再会だったので、当たり障りなく、「最近どう?元気?」と聞かれるかと思ったら、「どのへんまで進んでいるの?」という、少し意味を含んだ聞き方をされた。それは、「夢に向かってちゃんとやってるか?」という意味である。あぁこの人は、僕みたいなオガクズのことも気にかけてくれているんだな、と嬉しくなったと同時に、全く前に進めず泥の中でもごもごしている自分が恥ずかしかった。 やるか、やらないかである。 やる。いつかやるんじゃなくて、今やる。人生に今以外何もないのだから。... 一般 kaname 2010-02-11T11:10:53+01:00 806:読書と家具 http://kaname-onoyama.com/blog3/archives/000978.html 自分でお金を稼げるようになったら絶対にやりたかったことの一つが、安部公房全集を全部買い上げることである。一冊6000円が30冊。文学部在籍時、時間があれば大学図書館の日本文学全集棚の前に座り込み、興奮しながらせっせと読みあさったものだ。日本から知人が来るたび、アマゾンで注文して持って来てもらっている。やっとこさ5冊たまった。晩年のインタビューを中心に読んでいる。僕が物心つくかつかないかの頃、安部公房の作品は普通に書店に並び、しかもベストセラーになっていたのだ。 新年の仕事が一段落して、ちょっと時間が出来た。2月はいつも仕事が落ち着いてしまう。これも何かの機会だと、久しぶりに乱読している。安部公房の言葉の一つ一つが胸に響く。全集もあと25冊しか残っていないという寂しさ。全部読み終わるのも時間の問題だ。 週末、家具を組み立てる。家具を組み立てながら、ものすごい速度で変化する毎日のことを考える。明日には、IHクッキングヒーターとオーブンがセットになった調理台もやってくる。何を焼こうかしらん。明後日には、ペーパードライバーの運転講習を受けに行く。パリでドライブが出来るようになりそうだ。 変化ばかりが人生だ。... kaname 2010-02-07T16:50:22+01:00 [告知]フランス深夜テレビ登場 http://kaname-onoyama.com/blog3/archives/000977.html 2/11 深夜5時、『湯のみに毛』3度目の再放送です。 時間帯がコアすぎて誰も観たっていう人聞かないけど。 http://www.kaname-onoyama.com/blogpic/diffusiontele.png... kaname 2010-02-02T17:39:28+01:00 [雑記]ちょっと出演 http://kaname-onoyama.com/blog3/archives/000976.html 最後のほうにちょろっとエキストラで出てます。ふふふ嬉しい。... kaname 2010-01-25T12:06:46+01:00 805:記憶の整理棚 http://kaname-onoyama.com/blog3/archives/000975.html 日本のどこか、とある道ばた。僕はAさん、Bさんと立ち話をしている。先週パリの某日本食レストランで、まるでゴムべらのようなまずいトンカツを食べたばかりの僕は、AさんとBさんにその味の低劣さを語っている。その話をしながら、僕は恵比寿のとあるトンカツ専門店を思い出した。2年ほど前、大学の先輩に連れて行ってもらった料理店で、その時は非常に洗練された味のトンカツに感動した。ゴムベラのまずさを際立たせる対極の好例として、僕はこのトンカツを思い出したのだ。だが、いくら頑張っても店の名前が思い出せない。 「うーん、どうしても思い出せないです。」 「東京のお店?」 「はい、恵比寿のあの道をまーっすぐ行ったところにある…」 Aさんがすかさずこう言った。 「もしかして、ぽん太のこと?」 ** ここまでが夢である。この思いもせぬAさんの返事に驚き、僕は飛び起きた。 普段、整理棚の深くにしまい込んだ記憶を、自分自分の脳回路で引っ張り出すのは至難の業である。たとえば目が醒めた状態で「ぽん太」を思い出そうとする場合、店の場所や雰囲気からインターネットで調べたり、大学の先輩に直接聞き直すなどしなければならない。答えを探し当てるための手がかりは、外に求めるのが普通である。自分自身の脳の中をいくら泳ぎ回ったところで、切断された記憶の回路を繋ぎ直す事は難しい。 この夢の場合、「てがかりを外に求める」という行動を全部自分の脳の内部で行ったということろに驚きがある。仮にAさんが大学の先輩として夢に現れていたら、ポン太を探し当てたのにも関連性が見つかりそうだが、Aさんとポン太の間には、全く共通項がない。トンカツの話をした記憶もない。僕の脳が勝手に、整理した場所を忘れてしまった「ポン太」の看板を探し当てるための方法として、Aさんという、「東京住まいが長く、年配で、何となくレストランを知っていそうな雰囲気の人物」を登場させた。僕に「ポン太」という情報が再伝達される少し前に、脳はこれを先回りして見つけていたということだ。 目が覚めて、ドキドキしながらインターネットで「ぽん太」を検索してみた。確かにあの店は、「ぽん太」という名前であった。インターネットで確かめるまで、答えに確信が持てなかった。 なぜ脳は、夢の中の僕自身が「ポン太という名前を思い出す」という単純な話を作らず、Aさんに「ポン太」という情報を委ね運搬させたかったのだろうか。まるで、同一であるべき脳と僕の意識が分断されているような気分である。脳は、僕の意識の裏側で独立して稼働しているのだろうか。僕自身の脳という風に、脳を自分の意識が所有しているような印象を持っていたけれど、この夢以来全てがあべこべになって、脳に身体を所有されているような奇妙な居心地悪さを感じ始めた。... 一般 kaname 2010-01-18T11:55:24+01:00 [雑記]パリ寒い http://kaname-onoyama.com/blog3/archives/000974.html 月曜日機材準備、火曜日水曜日撮影。 外はきついーーー パリの気温は、日本の冬のそれに比べて体感温度が2、3度低いと思う。 湿った冬は寒いのだ。 パリの氷点下は、なんぼ服着ても寒い。 市内にオープンしたユニクロで、ヒートテック上下購入。 ヒートテック、ジーンズでも寒いので、その上に防水のスキーウェアみたいのを着る。 天才に薦められて、トルコの "Vzak (Distant)", by Nuri Bilge Ceylan, 2002 を観た。 こういう風に映画を考えるべきだなと。 Nuri Bilge Ceylan... 一般 kaname 2010-01-10T23:57:10+01:00